それはともかく始末が悪い

例えば、そんな酷い言葉で罵られようと、いいんだヨ、もういーんだヨ!(酷いつーか非道いと言いたい、むしろ。そんな言葉を使う君のほうがよほど非道いよ…)
という開き直りでもってして。罵られようと、バカにされようと、モノのように扱われようと、軽蔑されようと憎まれようと、いや、憎まれるのならいっそ上等、その反対の極みが煌めく理想であるのならいっそ上等、憎まれようと、きっと、喩えるならば首を絞められようと。使い捨てのように利用されようと、シアワセ!

と宣言する女はタチが悪い。そしてこの場合、そのタチの悪さでしか対抗できないようなもんなのかもしれない。ならばそれでいいのかもしれない。と思ったりする自分は救いようがない。かもしれない。いや、たぶん救いようは本当に無い。

なにやってんだかなー、と呆れてみたり…。

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2009.12.27.19:07 | トラックバック (0) |

堅く集まるは

大丈夫だと唱えながら足を出す。
いつも誰に聞かれたわけでなくとも。大丈夫だ。大丈夫だと繰り返す。モニタの向こうに泣いている人の顔が透けて見える。あぁ、しんどい。かくもしんどい。色々なものが、あっちでもこっちでもすれ違う。振り切った、とうにはぐれて無くしていたものが、おもむろに腕を伸ばして頭を掴む。

離してくれ。ほっといてくれ。

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2009.11.12.20:31 | トラックバック (0) |

ふるきを温め

なんだか、自分でもよくわからないけれどね。
当時はあんなに「勉強したヨ!」と思っていたドイツでの2年間すら、今振り返ると本気の50%もようやく出したかどうだか。ゆー感じなのです。一夜漬けでもそれなりに「詰め込んだヨ!」と思える大学の試験前ですらそんなです。

なのにね。
名前さんに対してだけは、ほんとうに100、いやもっと、の本気で体当たりしていたと、今は思うのです。
もう10年も経ってしまったのに。いや、もっとです。
振り返って、自分が如何に必死だったのかがわかります。そして、それなのに一方では触れるのが怖くって。かするほどの接触も避けたかった。けども見えないところまで離れるのは厭だった。
たった半年の時間の中に、いったい何年分の自分を詰め込んだのだろう。
まるで抜け殻のよーな「それから」。

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2009.10.03.17:05 | トラックバック (0) |

強さを

背中を見ると、痩せているのにどうしてこうも広いのだろう、と、不思議に思うのだ。思い出せばそれは初めて君の背中を見たときからなんだ。あの時も、君は痩せているのに背中は広い、不思議だ。と思ってサ。

寄っかかってみたいとか、そんなオトメなことを考えたりはしなかったけども、今思い出すと、てのひらをくっつけてみたい。そんなふうなことは考えた。オレのこの氷のよーに冷たいと評判の、タナゴコロ。触れると思わずみんなとびすさる、タナゴコロ。

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2009.01.02.20:01 | トラックバック (0) |

あったること。

あれは、あったること。
一度でも? 一度でも。一度だからこそ。
二度でも。 二度とも。二度、それでこそ、あったること。三度とは、三度目は、あったらばいけない。踏みとどまれ。三というのは特別な数になる。一度はどこにでもある。二度は、やはりどこにでもある。けれど意識の表層に届く。一度目から近ければ近いほどいけない。三度は、行きたければ行くのがよい。とどめたいなら、届いてはいけない境界。
行きたいのなら行くのがよい。走りたければ、走るのは自由だ。けれども走らずにきた。走り出す幻だけ見送って走らずにきた。畏れていたのかもしれない。畏れていて、とどめたのなら、畏れを敬っていい。走らずにいて、傷つくこともなかった。「あったること」を、目覚めさせずにきた。

だから今度も、踏みとどまっていたいんだ。できるなら。

2008.11.01.21:16 | トラックバック (0) |

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