それはともかく始末が悪い
例えば、そんな酷い言葉で罵られようと、いいんだヨ、もういーんだヨ!(酷いつーか非道いと言いたい、むしろ。そんな言葉を使う君のほうがよほど非道いよ…)
という開き直りでもってして。罵られようと、バカにされようと、モノのように扱われようと、軽蔑されようと憎まれようと、いや、憎まれるのならいっそ上等、その反対の極みが煌めく理想であるのならいっそ上等、憎まれようと、きっと、喩えるならば首を絞められようと。使い捨てのように利用されようと、シアワセ!
と宣言する女はタチが悪い。そしてこの場合、そのタチの悪さでしか対抗できないようなもんなのかもしれない。ならばそれでいいのかもしれない。と思ったりする自分は救いようがない。かもしれない。いや、たぶん救いようは本当に無い。
なにやってんだかなー、と呆れてみたり…。
Read More... 頂点を極める。極めた頂点から少し下界を見下ろしてくれる。僕らのところに尊いオミアシを降ろしてみてくれたりもする、ブラボー!君はなんてブラボー!だから君に逢いにわざわざ出かけるヨ!ウソだけど!でもまぁ年忘れだから、それもいいのかなと思ったりする。
けれど頭の中は蛇の眸のことでいっぱい。
がしゃがしゃと掻き鳴らされる騒音に、のって浮かび上がり、浮かんでは消え、また消え、また流れ、通り過ぎる血の背中、深淵のような眸、現実に漂うと不快度がマックスの副流煙。
けれど頭の中は非道い言葉のことでいっぱい。
どうやって決着をつけるのか、そのことでいっぱい。一つになって転がり落ちるように絡まり合って、猿の喧嘩のよーに、有利な位置を争って、
あぁ、ちょっと君。理性を保とうよ。
ヒトであるのなら理性を大事にしよう。
殴るのじゃなくて。
全力でぶつかろう!青春のよーに、野球部のよーにぶつかろう!
そんなタイプじゃなかろうに。
一言で斬ろう!そして、斬られても、膝をつかずに、立ち続けていよう。
タチの悪さでしか敵えない。サドにサドでは釣り合わない。刃を全て受け止める、そうして、それでもって、菩薩のように笑えるか?笑えない、笑えまい、それでも、そのバカを受け止めてやれ。そのサドを抱えてやれ。
身体がちぎれても。
ココロが押し出されてしまっても。
残された腕で、バカを抱えてやれ。
血があれば、流れ出る血さえその頬に触れれば、鼓動に合わせて失われていくその血さえ見せれば、サドは満足するのだろう。
それでもし君が死んでも、その時に君がシアワセならば、その勝負は勝手に君の勝ちとなるのだろう。
蛇の眸のことを考えて、非道い言葉のことを考える。
仕事納めを前にして、頭の中は悶々と渦巻いている。
もっとスッキリと年を越したいけどネ!
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2009.12.27.19:07
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堅く集まるは
大丈夫だと唱えながら足を出す。
いつも誰に聞かれたわけでなくとも。大丈夫だ。大丈夫だと繰り返す。モニタの向こうに泣いている人の顔が透けて見える。あぁ、しんどい。かくもしんどい。色々なものが、あっちでもこっちでもすれ違う。振り切った、とうにはぐれて無くしていたものが、おもむろに腕を伸ばして頭を掴む。
離してくれ。ほっといてくれ。
Read More... そうして、行ってくれ。
もう振り返らずに行ってくれ。
隣に座らないでくれ。
僕の目の届かないところにいてくれ。
声の届かないところまで行ってくれ。
君を、もう必要としない。
君をもう頼ったりしない。
そのかわり強さを失うけれど、脆さも同時に、手放すことができるのだから。
色々なものがすれ違う。そのたびに自分が少しずつずれていく。閉めたつもりの窓から風が入る。いつの間にか部屋にすきま風が吹いている。街を上から眺めても、もう自分のいた場所は見えない。あの頃に当たり前だったどんな標識も見えない。思い出すことはできない。
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2009.11.12.20:31
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ふるきを温め
なんだか、自分でもよくわからないけれどね。
当時はあんなに「勉強したヨ!」と思っていたドイツでの2年間すら、今振り返ると本気の50%もようやく出したかどうだか。ゆー感じなのです。一夜漬けでもそれなりに「詰め込んだヨ!」と思える大学の試験前ですらそんなです。
なのにね。
名前さんに対してだけは、ほんとうに100、いやもっと、の本気で体当たりしていたと、今は思うのです。
もう10年も経ってしまったのに。いや、もっとです。
振り返って、自分が如何に必死だったのかがわかります。そして、それなのに一方では触れるのが怖くって。かするほどの接触も避けたかった。けども見えないところまで離れるのは厭だった。
たった半年の時間の中に、いったい何年分の自分を詰め込んだのだろう。
まるで抜け殻のよーな「それから」。
Read More... ずいぶんと言葉を繰った。
長々と、何もかもが、問いかけであったように思える。
ずっと「探究」なのだと思っていた。名前さんの正体を知りたい。存在の理由を知りたい。自分の整理をつけたい。そのための探究をしているのだと思った。だけど結局、言葉の一つとして、その答えに迫ることなんかなくてだ。
結局、10年をかけて、ありとあらゆる言葉でもって、
「なぜ?」
を繰り返してきただけだったのだな。
と。
今だからそんなふうに思う。
別に後悔とかではなく。
無益さに愕然としているわけでもない。
まぁ昔はねぇ。
偶然と呼ぶのか、運命と知るのか、とかゆー実体のない現象に名前つけたがって悩んだようなこともあったけどもね!名前さんの自分の中における置き場所に困って、抱えたままウロウロ走り回ってたような時代もあったけどもね!
でももう。
もういいのだ。
あの人は、ほら。
僕にとって、一生お付き合いしなきゃいけない、僕だけの、哲学のよーなもんであると。
それがいまの答えだよ。
あぁ。
あ。
あ?
そうだ、これはある種の答えだ。
貴方は、私が出会った、私の哲学 だったのだ。
もう二度と逢うことなんてあるまい。
けれどもし呼ばれれば、誰の臨終も投げ出してそちらに応じてしまうほどに、がんじがらめのままだ。
貴方は鎖。
そうして哲学。
実体を持たぬ全てのものであって、その実体が貴方だった。
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2009.10.03.17:05
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強さを
背中を見ると、痩せているのにどうしてこうも広いのだろう、と、不思議に思うのだ。思い出せばそれは初めて君の背中を見たときからなんだ。あの時も、君は痩せているのに背中は広い、不思議だ。と思ってサ。
寄っかかってみたいとか、そんなオトメなことを考えたりはしなかったけども、今思い出すと、てのひらをくっつけてみたい。そんなふうなことは考えた。オレのこの氷のよーに冷たいと評判の、タナゴコロ。触れると思わずみんなとびすさる、タナゴコロ。
Read More... 鉈の心?
ちゃうちゃう。
そうしたら少しオレがあったまるのだろーか。それとも君が凍えてしまうのだろーか。「私」は、君から何も欲しいなんて思ったことはないよ。ただ少し時間を頂けたらば、と思っただけ。言葉も素振りも贈り物もいらなかったんだよ。ただココロを頂きたかっただけ。ほんと、それだけなのよ。なんて謙虚。
そうしたらばオレはあったまれたのだろうか。そうしたら君はそのぶん、凍えただろうか。
私は、今ならば、今だからこそ、今なお、正面から対峙する勇気はないけれども、その背中にはもう一度会ってもいいかなと思う。そうしててのひらをくっつけてみたい。シャツごしでいい。右手だけでいい。てのひらをくっつけてみたい。だけどそうしたらきっと顔もくっつけてみたくなってしまって、ダメなのだろ。デコだの頬だの、オレの氷のよーに冷たい部分は、決してこの指の先だけではありません。肩も顔もココロも。特にココロもです。
だから。ダカラ!
正面から見ているとただのガキにしか見えなくても、後ろ姿は相応に見える。
男の中で鑑賞に堪える部分とゆーのは、もしかすると背中なのかもしれない。
そんならむしろ後ろを歩かせてもらおう。振り向いてくれなくていい。ホント、背中だけでいい。口も利いてくれなくていい。何か厭なことを言われたら後ろから殴るヨ。ホント、殺すヨ君の事。その時にそれほどの価値もなかったら、逆にいなくなってしまえるし。
そういえばオレはよく子供の頃、積極的迷子とゆーやつになった。みんなオレのことを顧みずにスタスタ歩いて行ってしまうので、ついて行くことに疲れて、後を追うのをやめた。勝手に知らない人について行ったり、自分勝手に歩いてみたり。そうするとみんな血相変えて探し始める。そうして怒られた。ちゃんとついて来なくちゃダメじゃない。世間は危険で溢れてるのよ。云々。それなら紐でつないどけヨ。首に鈴でもつけておけヨ。ココロの中で口答えをしつつ、やっぱりまたオレは積極的迷子を繰り返した。
氷のよーに冷たい指だから、誰もつなごうとしなかった。
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2009.01.02.20:01
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あったること。
あれは、あったること。
一度でも? 一度でも。一度だからこそ。
二度でも。 二度とも。二度、それでこそ、あったること。三度とは、三度目は、あったらばいけない。踏みとどまれ。三というのは特別な数になる。一度はどこにでもある。二度は、やはりどこにでもある。けれど意識の表層に届く。一度目から近ければ近いほどいけない。三度は、行きたければ行くのがよい。とどめたいなら、届いてはいけない境界。
行きたいのなら行くのがよい。走りたければ、走るのは自由だ。けれども走らずにきた。走り出す幻だけ見送って走らずにきた。畏れていたのかもしれない。畏れていて、とどめたのなら、畏れを敬っていい。走らずにいて、傷つくこともなかった。「あったること」を、目覚めさせずにきた。
だから今度も、踏みとどまっていたいんだ。できるなら。
2008.11.01.21:16
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